ブログランキング・にほんブログ村へ 建築家のひとりごと 何故開口一番「見積りは?」となってしまうのだろうか?
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何故開口一番「見積りは?」となってしまうのだろうか? 
最近,つくづく思う意識,見解のギャップのお話.

家をつくる時,資金計画は大切だし,基本中の基本です.
それは,十分に解っての話ですが.

凄〜く,根本的に“違うのでは”?と思う場に居合わせた事があります.クライアントと初顔合わせをしていろいろな会話をしつつ「その他に検討されてるメーカー住宅さんなどあるのですか?」と聞くと「工務店に見積りを1社出してます」

そうなんです.工務店にプランをお願いしているのでなく「見積り」を依頼しているのです!

設計者である私の素朴な疑問は「プラン(=設計図)」あっての「見積り」であり,何故にプランの前に見積りなんだろうか?!なら設計する意味がないのではないか!?と...とても不思議に思う現象です.

私にも同様の質問が来ます.「見積りはないのですか?」

あらためて...言います..「プラン」ができて「設計図」ができて「構造」や「細かな仕様」が網羅されて初めて「見積り」が可能なのです.設計図なき見積りは“想定値”でしかなく正式なものではありません.

日本の住宅業界は,大事な大事なプロセスが全て飛ばされて,いきなり「見積り」になってしまう業界なのです.「金額が安い方が勝利する」これは役所主導の入札制度もそうです.1円でも安い方が勝ちという思想です.100円のカップヌードルまがいのラーメンは,1000円の手間暇かけたこだわりのラーメンより良い!正義!という思想.またライバルが1円安く999円だったら,味もサービスも関係なく999円の方が良い!のです.はたしてそれでいいのだろうか?と思います.

ちなみに,設計者に「見積りはいくらですか?」と聞くのは間違っています.「見積り予想」はできますが,見積るのは工務店です.今までの経験からですと数社同じ条件で見積もって2500万円相当の住宅で金額の差は500万以上あります.3000万の住宅で差が1000万円以上の差額があった事もあります.

設計図がないのに「見積り」という架空の価値観だけで,選択肢を変えてしまうやり方,可能性を閉ざしてしまうよりも,自分のこだわりを“どうやって実現させるか””少しでも満足するために”執念を燃やす方がいいと思うのですが....

設計していないのに見積る,または平面図だけで見積もることは架空&空想の話でしかありません.そんなことを是非知ってもらいたいと思って.....


瑞穂1090037

(写真)mi-T-house project

建築家.米村和夫の建築 Site

テーマ:建築デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/06/23 Mon 23:41 】 | 日々のこと | comment(2) | trackback(0) |
<<表現力と中身の両立を目指して | ホーム | 改正基準法の落とし穴の話>>
コメント
そうなんですよね
建築家3人によるコンペに参加する機会があるのですが,どう考えても,どう提案しても負けるんですね.印象も悪くないし,他の案と比べてもプランもデザインも負けているとは思えないのですが,どうもキーワードは「普通であること」「無難であること」なんです.じゃあ参加することないか,と思ったりして...
【2008/07/02 20:49】| URL | 米村和夫 #A4CR8NS.[ 編集] |

同感です。

生活の主体はもはや「家」にない現実を表しているとも言えるのではないでしょうか?

商品化された夢を買う行為。
「建築」&「住まう」という進行形の言葉をとり戻す地域社会&政治&適度な経済社会にならないと、健全な社会にはなり得ないと感じるこの頃です。

「住まい」とは現代日本の都市部では死語になっているようです…
【2008/06/26 18:13】| URL | JYU #-[ 編集] |
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