FC2ブログ
2010/09 << 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.>> 2010/11
チリへ行った事を思い出して1(サンペドロ・デ・アタカマという街) 
テレビでは、どの番組もチリのサンホセ鉱山の落盤事故の救出
の報道ばかりです。無事の救出はもちろん世紀の救出劇で感動
的です。

で、、、サンホセ鉱山ってどこ?と調べようとすると意外にわ
からない。チリは地球の裏側!果てしなく遠い国でチリの事情
もよくわからないのが事実ではないでしょうか?

僕は、縁あってチリを少しだけバスで旅行した事があります。
ペルー国境からチリの首都のサンチアゴまで、パンアメリカン
ハイウエイという道路(決してハイウエイなどという高速道路
ではありません。普通の道です)を永遠と砂漠の中の道が続く
バスの旅でした。

チリは、鉄道が発達していない。移動手段は飛行機かバスにな
ります。高低差がある地形は鉄道向きではないとか?しかしバ
スの仕様はピンからキリまでありますが僕の旅行した約15年前
でハイレベルのバスは既にすごい!乗り心地のいい高級バスが
走っていました。(衝撃的な最高の乗り心地です!最近やっと
日本に導入されてきました)

僕の少しだけ見たチリの北半分は土着的な雰囲気一杯の場所か
ら、サンチアゴのようなヨーロッパと全く変わらない街並み、
人そんな落差、違い、変化いっぱいの魅力的な国でした、
そんなチリの事を思い出しました。

以下、雑誌「新建築」で連載した時の紀行文をつけます。



ABCニュースライブ中継


チリへ  1995.3月

 有無を言わさず無表情な検閲官が,私のカバンからミネラル
ウォーターを没収してしまった.ペルーからチリへ入国すると
きの出来事だ.数年前,ペルーではコレラが流行ったこともあ
り,特に食品の持ち込みには神経質だ.一種の緊迫感が漂う.
6年前までチリが軍事独裁政権であったころの名残だろうか.
なんとも不愉快な入国となった.

チリの風景0029

 チリの首都サンチャゴはかつてインカ帝国の領土の最南端だっ
たという.この広大な領土を自分の目で確認したいというこだわ
りから,ペルーの首都リマからサンチャゴへ陸路の旅を選んだ.
バスでパン・アメリカンハイウェイに乗り,のべ約70時間(約
2500km)という,まさに南米大陸の輪郭をたどる旅となった.
 オアシスの都市,集落を縫うようにしてひたすら南下する.車
窓はいつ見ても不毛な砂漠.気力と体力を消耗する旅だが,旅行
者にとって何とも嬉しいことは,治安上の不安が薄れたことだ.
緊張感から解放される.道の状態も良好となり,バスの乗り心地
もペルーと比べ比較にならないほど快適だ.

チリの風景0030


 チリは今まで訪れたペルーやボリビアとは歴史的背景が大きく
異なっている.ペルー, ボリビアはスペイン人にとって「エル
ドラード(黄金郷)」であり,侵略すべき対象となった.しかし
チリは不毛な辺境の地でしかなく,19世紀に入りようやくヨーロ
ッパ系移民によって本格的に開拓される.国民の95%が白人であ
り,アルゼンチン,ウルグアイに並ぶ「ユーロ・アメリカ」国と
なっている.

 延々と砂漠が続き,ようやく旅の最終地であるサンチャゴが地
平線に姿を見せた.人口520万人,南米第四番目の大都市が突如
として現れたのだ.あっと言う間に交通渋滞に巻き込まれ,ここ
でも都市の抱える現実に直面.しかもスモッグが立ちこめている.
アンデス山脈に囲まれた盆地に位置するためである.

チリの風景0031

 サンチャゴの街の構成は、ペルー、ボリビアの街のそれと共通
している。というのも、いずれの街も「ヌエバ・エスパーニャ(
新スペイン)」を創造するという都市計画に基づいたためである。
中央広場(アルマス広場)を設け、そこを中心に碁盤目状に道路
を敷き、画一的な街を生み出していった。しかし、街の雰囲気は
国の経済力の違いを雄弁に物語るものである。ペルー、ボリビア
の街を「無秩序」「不潔」「貧困」にあふれた雑踏の街とするな
ら、サンチャゴに代表されるチリの街は「秩序」「清潔」「富貴」
を感じさせる落ち着いた街といえよう。サンチャゴ、1541年にス
ペイン人によって築かれた。市を一望できる「サンタルシアの丘」
は要塞跡であり、300年以上に及ぶインディオの抵抗の抵抗の記
憶が封印されている。今では公園となり人々がくつろいでいる。
その姿からは軍事独裁政権から解放された喜びが感じられた。割
石を敷き詰めた道路を、着飾った人々が闊歩する。ただし民族衣
装をまとったインディオの姿を見ることはなかった.アパレルや
インテリアショップのショーウィンドウの色彩が眩しい.歩行者
天国となった通りやアルマス広場では大道芸人がパフォーマンス
を繰り広げている.広場の周りには歴史の重みを感じさせる大聖
堂や中央郵便局が並ぶ.
 サンチャゴは華やかさと落ちつきと活気が同居する魅力的な街
だった.砂漠の終着点に,そんな街が存在した事に,ただ,ただ
ショックを受けるだけだった.

チリの風景0032

インディオの魂の輝き  

 「ラテンアメリカはヨーロッパ人が創案した世界である」とい
う言葉がある.確かにこれほど広大な地域にスペイン語を普及さ
せ,カトリック世界を出現させている.しかもどの街にも共通の
都市計画言語が使われていた.地域性を無視した徹底した都市の
移植行為は,ほかの植民地を経験した国々には見られない.

 先住民族であるインディオは,紀元前より高度な文化,建築様
式を築き上げ生活していた.その末裔は現在,スペイン文化やキ
リスト教文化を受け入れながら,独自の文化を形成している.南
米の旅では,まったく異なる2つの文化,価値観が融合したため
に起きている矛盾を日々感じた.特に先住民族独自の文化を盲目
的に否定し,破壊するという愚かな行為に絶句することも多かっ
た.
 だが,インディオたちは悠久なるアンデスに身を任せて生きて
いる.どんなに粗末な家や集落でもとりまく大地は彼らと一体だ.
彼らは生きていることに豊かな感性で反応している.そんな人間
としてのあり方が何よりも素晴らしいと感じた旅だった.
 輝く人々が暮らすアンデスでは,今日も街と建築が輝いている
だろう.

チリの風景0033


写真は、僕が立ち寄った街、チリのサンペドロ・デ・アタカマと
いうサンホセ鉱山にもやや近い(?)田舎町の風景。「門」を
テーマに撮影したものです。


株式会社.新建築社の月刊誌「新建築」に1995年10月号から96年3月号まで連載したものです

米村和夫「南米旅行紀:高地-ボリビア編

米村和夫「紺碧の湖-チチカカ湖編

米村和夫「南米旅行紀:インカの面影-クスコ編

米村和夫「南米旅行紀:ユーロアメリカの風-チリ編

↓クリック希望中....
にほんブログ村 住まいブログ 住宅設計・住宅建築家へ
にほんブログ村



  本日「住宅設計・住宅建築家」  23位/ 616サイト
    「住まいの豆知識」     04位/ 287サイト
    「一戸建て住宅」       09位/ 310サイト
    「住まい」          115位/10008サイト

建築家.米村和夫の建築 Site
スポンサーサイト



テーマ:建築デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

【2010/10/14 Thu 00:01 】 | | comment(0) | trackback(0) |
| HOME |
ブログランキング・にほんブログ村へ